5.その他

Linuxについて

 小生は、Linuxとかつて中国にあった「九龍城」のイメージが重なる。有名無名を問わず、多くの人々が寄ってたかってあちこち手を入れ、けずったり追加したりしながらも全体的には大きくなっていく。しかし、基本が増築工事だから、どうしても見通しの悪さやちぐはぐな点が出てくる。実物の九龍城は終に取り壊されてしまったが、そこでの人々の発するエネルギーはたいそう大きなものがあったそうだ。CUIベースだがマルチユーザー、マルチタスクのサーバーOSに、ハードディスクを突っ込み、ウインドウシステムをかぶせ、続々出てくるデバイスを取り込み、個人用途から大規模システム用途までこなしてしまうのは並大抵のエネルギーではない。

 きれいなウインドウシステムの皮をちらっとひとめくりするとごちゃごちゃしたモノがすぐ見えてしまうようなところが、なんだか「スチームパンク」っぽくてとても人間くさい。

 こんなOSがあると言うこと自体が、「無形世界文化遺産」と言ってもいいような気すらしてくる。

でも困ること

 特にインストール画面が、ディスプレーの画素数に追従しないで、はみ出ること。ボタンなんかが表示画面から出て行ってしまうなんて。しかも、それが昔も今も変わらずにありつづけているなんて。これはもはや伝統の域に達しているのかもしれない。「そういうものなのだ」と思って、受け入れるべきなのかもしれない。でも、困るのだ。

 一つの機能を司っているプログラムが、必ずしも一つのプログラムではないようだということ。それこそみんなで寄ってたかって作用しているようなモノもあるということ。「この道はどこにつながっているのですかね?」「この水はどこから来ているのですかね?」「さあてねえ。」「でも使えているのだから良いではないですか。」「そうですなぁ」「はっはっはぁ。(両者笑う)」

 「最先端だが、どこか牧歌的」と言ったところか。

 ここまで書くとそろそろ、「では、君が何とかしたら良いのだよ。」などと言う声が聞こえてきそうだ。「Linuxは参加自由なのだからね、ちみぃ。」今まで何遍聞いてきた台詞であろうか。

 だからこそ、小生にはLinuxが「九龍城」に見えるのだ。

 

 

 

 

0.Onkyo BX407A4にLinuxを入れて復活させる【はじめに】
1.Lubuntuをインストールする
2.タッチパネルを使えるようにする
3.光学式ポインティングデバイス及びマウスボタンを使えるようにする
4.サスペンド及びハイバネーションを使えるようにする
5.その他